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大学でのワクチン集団接種 若い人の不安と大学の課題

 多くの大学でキャンパスでの集団接種が行われている。幾つかの大学での接種率を聞くと、6割台に留まっているようだ。とても残念である。やはりワクチンへの漠然とした不安や、SNSの誤った情報もあるのだろう。この点は、若い世代だけではない。先日あるZOOMでの会合に何人かの教員の方が出ておられた。30代から40代の方々だったが、ワクチンに不安を持たれており、接種をできることを嬉しいという人があまりいなかった。これには驚いた。6月の初めには、60代以上の人たちが接種の予約が出来ずに怒っているという話があったが、若い世代は逆のようだ。  これからの大学の課題は、多くの学生に科学的に納得してもらい、ワクチン接種に参加してもらうことのようだ。このブログでも紹介したが、今年の2月に行われたイェール大学の学長さんたちのセミナーで今後の課題はキャンパスで学生たちに如何にワクチン接種をしてもらうかだ、科学的な知見を理解してもらい、ワクチン接種を広げられるかだと話しておられた。まさに日本でも同じ課題がこれからの大学の課題である。

日本人が持つ自国への誇り ーーージェームズ・C・アベグレン「新・日本の経営」を読んで

 「新・日本の経営」ジェームズ・C・アベグレン著 日本経済新聞社刊 2004年 ーーーーーー  とても面白い本である。この本は2004年に刊行された本である。新しい本ではない。実は長い間、私の研究室の本棚に眠っていた。現役の教員を引退してようやく余裕が出たので、読んだのだが、読むほどに面白くなってきた。2004年から既に17年の歳月が経っているのだが、この本の中身は少しも古く感じない。もちろん日本経済も世界の経済も大きく変わっているのだが、この本のなかにおける著者の慧眼は現代においても少しも輝きを失わない物がある。  まずこの本で著者は、日本人自信が日本をなぜ否定的に捉えるのかという疑問を呈する。著者にとって日本の問題は日本人自身が自分の国にそれほどの誇りを持っていないことである。(P16)「この自信のなさ、特に若者の無気力だともいえる。」「日本人が自国を否定的に見るわけがどこにあるにせよ、もっと肯定的な見方を示し、それによって日本の実情をもっと正確に描いて政策を決定していけば、誰にとっても利益になるだろう。」我々が自信をもっと持つべきだとは私自身、長い間の国際経験でそう思っている。我々は自分の国が成し遂げてきたことに大いに自信を持つべきだと思う。  ただ、同時にグローバリゼーションはこの本が書かれた当時よりもますます進展しており、この本で述べられていた日本の強さもまた変わっていかなければならないことも確かであり、 この本のなかで指摘されている問題は今の問題でもある。  一つの例を挙げよう。この本の第7章は「企業統治」についてである。この本では日本の強さの源泉として「共同体としての企業」が挙げられている。日本企業の強さはこの伝統に基づき、家族的な経営をしてきたことにある。実は米国でも成功している企業の多くが家族的経営であると書かれている。一方で、最近は多くの企業で企業統治のあり方が問題とされており、外部からの取締役の選任が求められており、多くの企業では外部からの取締役が選任されている。  ところが、この著者によると、米国の企業統治は失敗であったと明確に述べている。多くの米国の大企業では企業経営者が仲良しを外部取締役に選任し、まったくのところ統制が効かない。そしてストックオプションや、自己株式の買付で見かけ上の株価を上げているが、実際には見かけ上の利益を上げるだけだと

大学でのコロナ・ワクチン接種

  私が監事を努めている京都橘大学がワクチン接種を検討中と報道されていたが、ホームページに正式な文書が掲示されている。日付はまだ固まっていないが、おそらく近日中には発表になるだろう。大変に素晴らしい取り組みだ。頑張ってほしい。近畿大学は21日からワクチンの集団接種をキャンパスで始めるという。素晴らしいニュースだ。 https://www.tachibana-u.ac.jp/0257647792f0864fb39d02575bad21ed282a4516.pdf  多くの学生にも打ってもらいたい。先日、ここにも掲載しておいたが、米国のイェール大学などの学長の話としてワクチン接種について学生の理解を得て接種に応じてもらうことが課題と話していた。米国では様々な宗教や文化的な背景があり、ワクチン接種も一筋縄では行かない。それに比べれば日本の宗教色は強くないが、日本でも若い世代のワクチン接種への不安感が高いようだ。コロナに感染したときのリスクはワクチンの副反応のリスクよりも遥かに高い。ぜひそれを理解してワクチン接種に応じてもらいたいものだ。

水たまりの遊び 雨の日に想う

  今日は午後3時頃まで雨の予報が出ている。雨の音も悪くない。  小学生の時に雨だれの音を詩に書いたことがある。学校の文集に載せてもらった。もう詩は忘れたが、雨だれの音をリフレインしていた。東京の芝公園にあった国鉄官舎の応接室の窓枠にもたれながら思いついた詩だった。その窓枠の景色と水たまりの様子は今も目の前に浮かぶ。  そういえば最近はどこも舗装されており、水たまりも減ったようだ。子供にとって水たまりでの遊びは最高の経験だと思う。先日の京都橘学園の評議員会で、こども園の園長さんの報告に子供たちを雨のなかで泥遊びをさせるという試みが出ていた。素晴らしいことだと思う。

ボルカー回顧録を読み終えて、「マネージメント次第」という言葉

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 ボルカーの自伝を読み終えた。ボルカーは1978年から1987年まで米国の中央銀行FRBの議長出会った人だ。半ばまでは彼がFRBの議長であった時代のインフレや通貨危機への対応である。私には懐かしい話ではあったが、むしろ後半の方がより面白かった。ボルカーがFRBを退任後、どのような仕事をしたのが、実に興味あふれる記述が多い。たとえばスイスの銀行によるナチスの迫害によるユダヤ人資産の再調査などで彼がチェアマンとなって仕切ったことなどは私はまったく知らなかった。ボルカールールについての動きは当然、現在の国際金融をかんがえるときには忘れられないことだ。  彼がトレーダーについて以下の記述をしている。自分の30代のときの思い出が蘇ってきた。「トレーダーとは、どのみち許される限界に挑戦してみたくなる者たちだと思っている。」私 自分もニューヨークやフランクフルトで証券のトレードをやっているときに法律の限界に挑戦していたことがあったのを思い出す。ロンドンの証券取引所のドイツ国債の先物の3分の1を自分が取引したこともあった。  そんな思い出は別にして、大学運営に関与した自分には彼の以下の言葉がもっとも印象に残った。 「政策だけでは、たとえそれがどれほど鮮やかに構想されていようとも、目的は果たせない。行政上のマネージメントが的確でなければ、その政策は素晴らしい結果を出せない。要するに政策はマネージメント次第だということである。」(ボルカー回顧録、P352, 日本経済新聞社、2019年)  大学においても最後はマネージメントの重要性が問題となる。

米国の大学のコロナ対応と今後の教育・研究についてのパネルディスカッションについてのメモHigher Education in a Post-COVID World: A Panel Discussion with University Presidents

   我が国でもワクチン接種が本格化してきた。大学でも集団接種が始まり、学生の海外派遣の再開も次第に現実味を帯びてくる可能性が高い。そこでコロナ後の国際教育がどう変わるか、米国の大学の考え方はどうか、大学のリーダーである学長レベルの考え方を確認することには十分な意味があるだろうと考える。  その一例として、 YouTube が米国とパキスタンの3大学の学長による大変に面白いセミナーを配信しており、今後の日本の大学にとっても参考になると思われたので、以下に筆者なりの理解を記しておくこととしたい。米国の大学がコロナ禍の経験を活かして、大学のミッションである世界への貢献を前向きに捉えていることがよく分かる。コロナワクチンの学生への接種の進め方の議論もあり、国際教育に関わる我々にも大いに参考になる。 なお、これはあくまで筆者の主観的なメモであり、セミナーの厳密な内容はぜひオリジナルのビデオを見て確認を戴きたい。   Higher Education in a Post-COVID World: A Panel Discussion with University Presidents Apr 16, 2021                                YouTube のアドレス:  https://www.youtube.com/watch?v=yc_LYdRyEAw 出席者: The Yale Institute for Global Health (YIGH) Peter Salovey, President, Yale University Elizabeth Bradley, President, Vassar College Firoz Rasul, President, Aga Khan University Saad Omer, Director, Yale Institute for Global Health.   出席者は上のリストにもあるとおり、 Yale 大学学長、 Vassar 大学の学長、そしてパキスタンの Aga Khan University (AKU) 学長であり、司会者は Yale 大学の Global Health 研究所所長である。   1.コロナ禍が大学運営に突

「AIと憲法」山本龍彦編著 日本経済新聞出版社 2018年

  朝一番で7キロのインターバルトレーニングを終えてコロラドに向かい、コーヒーを飲みながらの新聞。10時に家を出て四条烏丸のオフィスに来ている。  今日は「AIと憲法」を読んでいるが、大変に面白い。ただ例によって消化不足である。なにしろ研究室に置いてあった沢山の本を一挙に読んでいるから大変だ。  「AIと憲法」は、AIの利用が世の中でごく当たり前になるなかで生じるさまざまな問題を法律という視点から検討している。経済学で考えるのと違って、たとえば個人の人権という別の次元からの問題追求は大事なことだと感じる。経済学だけはどうしても効率性という観点からだけになりがちだが、たとえば「戦闘的な広告」は個人の自由な選択権を侵害すると言われるとなるほどと納得する。  「AIと教育」の章は教育に関わってきた者として大事なことが書かれていると思う。たとえばAIが授業を行うようになると教室でどのような事が起こるだろう。授業は個別化し、それぞれの生徒や学生は自分に合わせた内容を個別に学ぶようになるだろう。できる生徒はどんどんと進み、ゆっくりとした生徒との格差はどんどんと開く。そのときに学年制が成り立つだろうか。そして仮に理解が遅いにしても他の友達と一緒に苦労しても学びたいという生徒の権利を奪うことにならないだろうか。。。教師にとって「教育の自由」は残るのだろうか、などこの本は多くの課題を投げかけている。  とても一日ではまとめられないが、これからの教育機関は大きな課題に向き合っていくことになる。我々にとって大きなチャレンジが待っている。